「並びの住宅」について

「並びの住宅」について

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DesignSUの白須寛規さん設計の住宅「並びの住宅」を見学させていただき、色々興味深かったので断片的に。
大きな土地を分筆して、庭を共有しながら並ぶ二つの住宅は、近しい親族らによるものであるという。
それぞれの施主の要望から案を組み立て、恐らくは設計が進むにつれて、二つの住宅の「差異」と「同族感」をどのように合わせ持たせるかを苦心し、調整し、工夫する設計者の当時の様子を勝手に思い浮かべた。
見学して、工夫の数々を随所に感じることができ、とても楽しい時間だったのだが、そんな二つの住宅の、差異と同族感を担保する要素は何なのかを特に考えた。
光をバウンディングさせ、視界を適度に遮り、風や空気を滞留させるといった機能を持つ、狭いベランダや縁側が住宅の各所に配置されている。柱梁の構造グリッドと、接道している側の敷地境界は角度を違えて余白が生まれ、鋭角なアプローチ空間を作り出している。
そうした小さな隙間を、室内外の関係を調整する中間領域と言うべきだろう。けれどもあえて、「ポッシェ」と呼びたい。それは住宅設計という、個人の私欲と”生活”という原理が交わる特殊な領域を、ポスト・モダン、あるいは非モダンの世界を考えていくための格好の題材としたいのであり、未だ未開拓な余韻を残すいくつかの理論の一つとして、R・ベンチューリの議論に繋げてみたいからである。(このテクストではそこまでしないが、)
ポストモダンについての展望はともかくとして、そんな「ポッシェ」が、「並びの住宅」の二つの住宅の差異と同族感を同居させるのに大きな役割を担っていると感じた。いくつかの「ポッシェ」がプランに対して外壁と屋根の形態を遊離させ、特に立面のデザインの自由度を高め、二つの住宅の外観が持つ同族感を担保している。と同時に、おそらくはそれぞれの施主の要望を丹念に実現していったのであろう、複雑な立体構成を持つ内部空間は、「ポッシェ」という厚みを持った境界領域によって外部からの採光通風や視線の入り込みが調整され、二つの住宅の空間的な連続性を断たないまま、それぞれの空間が独自の規律を保っている。
「並びの住宅」はすでに二つの建築雑誌に掲載されているが、その紙面を読んだときと、実物を見学したので全く印象が違った。
建築雑誌を読んだ時には、外観写真を始めに据えるその紙面構成の順序に引きづられ、記号的な同一性に基づく形態操作という、ある種分かりやすい解釈が頭の中に思い浮かんでいた。関西という立地も含めて、安藤忠雄の双生館か、あるいは渡辺豊和の1・1/2のような、二つの要素の同一性と差異性を抽象的に扱った住宅なのかと考えていた。
けれども室内を見てみれば、そんな抽象思考だけから生まれたものではないことが即座にわかった。そして抽象思考の限界性を拡張すべきとする設計者の未来の探求も強く感じた。
内部はより複雑で、単一の思考によっては描ききれないモノとモノの取り合いの数々に溢れている。
それもまた、ポッシェ=小さな隙間を挿入する、の試みとして捉えてみてもいいかもしれない。異なる仕上げ材が取り合う所の透かし目地の寸法、床板の断面見付けの減らし方、そして、数段の階段や小さな間仕切壁といったいくつかの建築要素の家具化、遊動感を持たせる工夫などにそれは現れていた。
モノとモノの取り合いというのは、建築においては、有限ではあるが多量にあり、部品生産体系が確立した現代の住宅生産において極めて重要な問題系であると考えている。そこにこそ設計者が求める世界の像が現れ出るのではないだろうか。この短文の結論にはならないが、筆者自身の興味の記録として記し、とりあえず終わり。

2019年10月29日
佐藤研吾