KOROGARO / kengo sato / 佐藤 研吾

印度建築SCHOOLで目指すこと

インド西部の都市バローダVadodara郊外を拠点に、アジア建築SCHOOLの設立と、継続的な展開を試みている。  このアジア建築SCHOOLは毎春の一時期にインド国内外の学生(30名程度)を集めてのワークショップを企画し、今年の3月で3回目の開催となる。

このSCHOOLは大きく以下3点を目標としている。

1、「アジア文化圏」の”実践”

「アジア」という枠組を考えてるにあたって意識すべきは日本明治期における岡倉天心の諸活動である。岡倉天心の著作『東洋の理想』の冒頭に宣言される「Asia is one」は様々な解釈を生む言葉でもあるが、1世紀を経た現在においても十分に熟慮すべき問いかけであると考えたい。  それはヨーロッパのEUのように単なる対外的な経済圏の囲い込みではなく、あくまでも地域の微細な歴史と文化に力点を置いた創作活動の広がりと交流の将来的な径としてである。岡倉天心は仏教美術の伝播過程を基軸としながら日本およびインドを含む周辺国の文化的資源のあるべき評価の模索を試みた。そうして浮かび上がらせようとした「アジア」という文化領域は著作の文字通り天心自身が構想し得た“理想ideal”に過ぎないものであるが、その虚構を虚妄ではないものとしたのは、天心の自らが現地を飛び回って様々な実際の人的交流を結んだその実践によってである。

アジア建築SCHOOLは、そうした「アジア」という地域的、文化的枠組をひとまずの問題提起とするその当事者のプラットフォームとして機能することを目指したい。SCHOOLとはもちろん単なる一教育機関としてではなく、「school=〜派」とされる程度の内外に遊動的なコミュニティーを意図している。

2、「学校を作る学校」=「建築学校」=生産運動体、プリミティーフの探求

SCHOOLの具体的な活動においてモデルとするのは、先ほどの岡倉天心が当初目指した工芸と美術を分断せずに取り組む総合芸術の創出のための学校構想と、20世紀初頭のインドの詩人R.Tagoreが設立した全人的な人格形成を目指した「森の学校」である。  建築を作ろうとする人間が取り組むべきは、まずは自分自身の周りの環境ではないか。そして、自分自身を含めたある共同体、集団の生活のための環境づくりではないか。その実験の現場として、このSCHOOLがある。「SCHOOL=学校」とは実験に取り組む集団であり、またその集団が活動する実際の現場そのものである。その意味で”学校を作る学校”とはトートロジーなどではなく、活動のプログラム自体が、組織の形成と、その未完成な場所を結びつけまた長期的な継続を促す生産運動体としてである。そしてこれを実現させるには、具体的な作業においてかなりの工夫、特に簡易な技術を用いての努力が必須である。

3、「Groundness」/環境風景の構築、周辺フィールドへの展開

これは何故インドで学校を作るのか、という活動場所の根拠に関わる。インドでは近年、インド人民党のModi首相による新自由主義的な経済発展をより急速に遂げようとしており、特にVadodaraがあるGujarat州は特にその傾向が著しい地域でもある。その一方で現地では、地域間格差や農村部の問題、そして前近代的な身分的宗教的な慣習と土着文化が消え失せることなく存在している。その異なる価値観、世界観の並存を前提として考えていくとき、それはフィールドとしての自然環境にどのようにして建築という人工の所作が組み込まれるのかという問題である。問題というよりむしろ、決着のつかない矛盾に近いものでもあるかもしれない。とはいえ、それはスケールの大小に限らずに全てマテリアルとマテリアルの、ぶつかり合いに近い取り合い=Detailの問題に突き詰められる。(2、の”プリミティーフの探求”とはその射程が考慮にある。)”Groundness”とは、そうしたマテリアルへの微細な解像度を備えた風景への視座である。

2016年3月3日 佐藤研吾

活動URL: http://setagaya-mura.net/jp/india-ws.html