Xゼミナール 第2信 伊豆・松崎町、建築複合体に関わるマテリアルについて2012/11/27

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佐藤研吾  2012年11月27日(火)

十月三十日にサイト上に投稿した小論「伊豆・松崎町、牛原山と伊豆の長八美術館周辺の建築複合体についての考察」で述べた内容について、自省も兼ねてその肝要な部分を抜き取るならば以下の三つであろう。

1、建築群の建設・増築事業が約四半世紀かけて段階的に行われたこと、つまりある一つの小歴史として振り返るだけの時間の余地を設計者が持ち得たことが、複雑な幾何学を生成する一端を担ったこと。

2、伊豆の長八美術館を起点として生まれた、幾何学の歪みの作為は、伊豆の地域固有の弱い光を断片化させ、再集合・再構成するためであったこと。

3、それら建築複合体の鋭角的造形の成り立ちは、背後の牛原山の環境風景に呼応したものでもあったこと。そしてその両者を緩衝するマテリアルとして小さな池=水が配置されたこと。

先の小論では、松崎町の建築群の鋭利な幾何学形態の所以、さらには由来を探ろうと試みた。松崎町とは一見何の縁もないようにも思える古代ローマを引き合いに出したのも、建築の形態が持つ普遍的な性格と、そしてそれぞれの差異性とを複眼的な視点をもって同時に眺めようとするためである。過去のあらゆる事物がそれぞれの時代を超えて、一人の人間の脳内で交通する。師・石山の作品を通して、そうした自分自身の実感を確かめ、歴史および物質への畏敬と破戒をそれぞれ両腕に構える感覚を意識するための作業でもあった。

かつて石山は伊豆・松崎町の建築複合体について「形態は生産を刺激する」と述べている。生産とは、端的に言えば建築の素材と、それを形態として具体化させる技術である。産業とはそれが体系化・集約化された結果である。技術とは人間、つまりここでは漆喰を建築に塗り込む左官職人たちのものである。松崎町の建築複合体の形態の幾何学は、全国から結集した左官職人たちという非常に具体的で、顔が見える相手が想定されていた。建築の鋭利な形態群は彼ら左官職人たちを刺激させるために出現していたのである。

伊豆の長八美術館は、江戸以来の優れた技術を持った大工達の力によって明治初頭に建ち現れた擬洋風建築をモデルに、江戸末期の伝説的左官工、入江長八を記念して作られた建築である。建設にあたっては延べ2,000人もの左官職人が全国から動員されそれぞれの技術を一つの建築物の中で競い合った。その意味では、この美術館は建築生産の業界内で衰退しつつある左官の技術保存のための運動であり、形象として保存していくための宝物殿であり、そして同時に、全国から資本を勧進し、入江長八という伝説的人物を崇め奉るために建立された、神社ないしは廟に近い形式を持っていた。

大都市・東京の内で最大の森を持つともいえる明治神宮境内は、明治天皇を祀るべく、それまで練兵場であった東京・青山の荒涼な土地に全国から銘木が集められてできあがった人工の森である。その統括においては日本近代の造園学および林学の知が結集された。植樹計画では50年、100年後の森の姿を想定して樹種および配置が決定された。その配置の妙は100年後その森の中を訪れる我々の眼では把握出来ないほどに、森は湿った新羅万象の雰囲気に包まれているが、伊豆の長八美術館に訪れる人々もまた同様に、建築に付された全国の左官達の手によって造作された膨大な装飾群が一挙に眼前に押し寄せるのを経験する。

かつて設計者石山は、伊豆の長八美術館の設計にあたり、札所巡りを一度に体験させる会津の栄螺堂のようなイルージョンをモデルとして、この美術館も江戸末期の長八のような生き生きとした職人達の時代へとタイムスリップして思いをはせることができるように設計した、という旨を述べている。そして美術館の平面計画は、栄螺堂を倒し、遠近法的な錯覚を生む視覚の歪曲によってそのまま平面に変換させたとも述べている。栄螺堂は全国各地の巡礼ルート(西国、坂東、秩父)を一つの螺旋の空間構造の中へと抽象化、結集させた、いわば模型的思考によって出現した建築である。栄螺堂が本来の巡礼における物理的な距離と身体的体験を抽象化したのに対して、伊豆の長八美術館は、現代から長八が生きた江戸へと遡行する時空間の思考の交通を縮減化させたのである。時空の間を渡す役割を果たしたのが伝統的な左官の技術であり、ウィリアム・モリスをモデルともする職人組織に込める設計者の強靭なノスタルジーであった。伊豆の長八美術館は、漆喰作品の巡礼空間であり、江戸へと想像を向かわせるためのいわば時空の望遠鏡であった。

江戸へタイムスリップを図るべくこの美術館を巡礼する鑑賞者は、既に述べた通り、遠近法的な視覚体験を引き起こす空間のある方向性を持った歪曲によって、思わず奥へ奥へと突き進んでしまうような運動を誘引される。建築に散りばめられた漆喰装飾に囲まれて過去への想像力を掻き立てられながら、鑑賞者の身体は建築内部の幾何学群の鋭角的な傾き、つまり造形が持つ躍動感とのある種の相同性を帯びてくる。F・キースラーが「すべては人間の拡張である」と言った如くに、鑑賞者の身体感覚と建築の内部空間は同質の動きを備えた入れ子の関係にそれぞれ定位する。そして、その構成は、その宇宙論的な思考を持ってなされた環境世界の構築、及び彼の思考の中枢となった「エンドレス」の概念にまで通じている。

伊豆の長八美術館を埋め尽くす左官による漆喰仕上げは湿式工法である。土(石灰)に水が調合される。水の調合量は現場の季節や気候・天気に影響される。左官には職人達の手による勢いが必要で、彼等の鏝の動きがそのままに漆喰壁の表面に浮かび上がる(たとえ面が平らになろうとも)。完成後は漆喰壁は硬化とともに乾燥するが、吸湿作用によって一定の水分を保ち続ける。

文学的な視座から科学と哲学の融和を試みたG・バシュラールは、火、土、空、水の四元素に分類された物質への精神分析的な作法によって、物質と人間が想起するイマージュとの関係の探求を試みたが、漆喰壁の成り立ちについては、言わば土と水(そして反応には空(=二酸化酸素)も加わる)元素の複合形と動的な現象への共感を寄せることができ得よう。そして、その漆喰壁を強引に分解し、土と水という本来異なるマテリアルの存在を見出すときには、土を軟化させ、同時に凝固させる役割を交互に演じる水の二面的な性格が浮かび上がってくるだろう。漆喰壁はまさに呼吸しているのである。形態を超えて、その内奥に潜在する物質に向けられるこうした「夢想」は、同時にそれを凝視する主体の内密さへの意識の深まりにつながる。バシュラールがエドガー・アラン・ポーの作品内に幾度も登場する水に対して、ポー自身の<死>へのイマージュをそこから見出したように(※1)、われわれは一枚の漆喰の壁に対しても、物質の動的な作用の夢想から自身の想像力の遠近法を導き出さねばならない。

以上の考察は、バシュラールの言う「物質的想像力」という心理学へいささか偏り過ぎている感はあるが、一方で長期間向き合い続ける設計者と職人、そして建築に日常的に接し続ける人々にとってみれば、その些細な物質の変化(建築が文字通り呼吸している)に対して、まるで生き物に対して向けられるような、ある種の情緒の念を投げかけるのは至極真っ当なことでもあるだろう。

松崎町のこの建築プロジェクトにおいて、左官という前工業化時代の技術が導入されたその意義は、その技術自体の社会的衰退に抗することや、歴史を担ぎ上げるための記号的な側面だけではない。たとえ社会が工業時代の只中にあったとしても、漆喰というマテリアルを介すことで人々の情緒的想像力を発現させる可能性が生まれたことにその意義はある。伊豆の長八美術館では、鉄骨の表面に対しても漆喰が塗り重ねられたという。工業化時代の筆頭である鉄にももちろん情緒は向かう。けれどもここにおいて重視すべきなのは、鉄が作り出したその鋭利な幾何学形態と、漆喰仕上げが持つ有機的性質の折衷的オーバーラップである。そしてその強引な作法を可能にしたのは、左官職人の技術と漆喰の柔らかな適応性に他ならない。

建築設計はマテリアルからは逃れることは出来ないし、むしろ時代の情報化への偏重にあわせて、実体としてのマテリアルと、情報がつくりだす膨大な意味世界、そしてマテリアルに対して人間が抱く詩的な風景との間を取り結んでいかなければならない責任があるはずである。

松崎町の建築群に関わる水についての考察は、建築物の前後に配置された池の水、そして敷地からほど近い太平洋の海水などに限ってしまっては不足であり、建築に対して設計者、職人集団、そして町の人々が関わり続ける限りは、むしろ大気と建築の表皮にさえも含まれる分子レベルの水、つまり感覚的には「湿っぽさ」として捉えられる些細で視ることも困難な小さな事物についてもあわせて総合的に行なわれなければならないのである。

こうした分子レベルでの微細な水をめぐる想像的考察を行なうもうひとつの理由として、設計者石山の当時のイスラーム建築への傾注にそれはある。石山は自身の旅の経験から、イスラーム建築の魅力を自らのデザインに学び入れ、松崎町の建築群の中にもイスラームの造形に近い形態を取り入れたと語っている。例えば美術館の隣りに位置する民芸館内部のコンクリート壁に穿たれた採光のための窓の造形はあきらかにアラベスク模様をモチーフとしているし、無数の幾何学の複合体はイスラーム建築の数学的平面配列に接近を試みている。井筒俊彦および黒田壽郎の研究によれば、イスラーム神学の原子論では、万物はすべからく分割不可能な最小単位である原子から成り立っており、それぞれが異なる性質を持っているという。つまり万物は互いの差異性から成り立ち、アラベスクの模様も同様に、それぞれの個別的な図形が自己を主張し、互いに動的な関係を築き、群を成した全体は無限に広がりを持つのである。増築・増設という時空の後押しを借りて、工芸館の建築は伊豆の長八美術館にある二つの円(もちろん両者異なる形質を持っている)を引き込み、ある円弧に沿わせて増殖をおこなった。イスラーム世界にみられる個々のエレメント間の差異と、無限増殖的な価値観の展開は、松崎町の建築群のエレメントにそのまま投影されている。

中央の伊豆の長八美術館の完成から数年後、新たに増築された工芸館はガラスと鉄の建築である。俯瞰的に眺めてしまえば、素材の違いから両者は対照的なようにも見える。しかし、それぞれをエレメントに分解し、個々のエレメントの相互の関係の妙を高い解像度をもって抉り出すならば、ガラスと鉄の建築もまたまるで有機体のように、エレメント間の動的な関係が見えて来よう。異なるマテリアルをそれぞれ持つ二つの建築物は、二項対立といったあっけらかんとした関係ではなく、差異、ないしは差分を持つ相対関係として、ある一つの群像として浮かび上がってくる。

微細で些細なエレメントがうごめく群体モデルへの関心が、この建築の複合の姿からは感じ取れるのである。

※1 ガストン・バシュラール、及川馦訳『水と夢』、法政大学出版局、2008年9月。
※2 井筒俊彦『イスラーム思想史』、岩波書店、1975年11月。
黒田壽郎『イスラームの構造 タウヒード・シャリーア・ウンマ』、書肆心水、2004年10月。