170201-02 Vadodara

170201
だんだんとスタジオの課題に没頭する学生が増えてきた。課題を探す段階から、その見つけた課題に対して取り組み始めている。指定した設計内容は幾つかの小建築と一つの都市内空地(公園)という内容なので、そのネガポジの比率を考えるだけでも案の可能性は多彩である。もちろん現実には経済的な観点から床面積が決まっていくであろうが、そうした様々な資本主義的制約に対するアウトローとなる可能性を持ち得るのが寺院境内ではないか。資本主義圏とは別レイヤーの世界をそこに構想するのがこの課題である。

170202
今日はSenior Students向けのクラス。一年生と同じ課題を設定しているけれども、どうも上級生は他のスタジオの合間にやらなければならないので時間があまり取れていない。なので計画のうちの一つの住居(小建築)に集中することを提案する。当然、基本的な配置計画が成り立っていないといけないのではあるが、まずはその小建築の考えの骨格作りからスタートしようとなった。Temple(Mandir)という大きな存在があり、そこに小建築と中で生まれる小生活を添え置くという姿勢は共有されるべきかと思うが、一方でこの課題においては、その小生活を営む個人の思考あるいは無意識が編み出す精神的な全体性を考えるべきではないか。New Templeを考えるためにその場所に関わる人間の私性への思慮、関心は必須なのではないかと思っている。

この考えは、まだそれほど時間も経っていないが、自分が東京大学に通っていたときの卒業設計あたりの頃から変わっていない。安田講堂での卒業設計の合同講評会では、自分の計画に対して審査員であった山本理顕、新居千秋、藤原徹平、王澍全員から猛烈に批判された。「なぜそんなに私性に依存するのか」山本理顕からはそんなことを指摘された。自分の計画は、東京の愛宕山の山としての存在を都市の中で恢復させるために周辺の低層木密地域の保存的更新を試みた案であった。保存的更新の計画の中で主軸としたのが、そこに住む人々の小生活の内実であった。内実の調査から建築のデザインをシームレスにつなげていくこともこの計画の肝であった。当該の木密地帯は当時すでにほとんどが森ビルに買収されていたが、森ビルのスキームが地域社会を崩壊させ、また長期にわたる隠蔽的な操作を持ってあたかも全く新しい場所を東京のど真ん中に生み出す開発行為が果たして正しいものであるのか。そのことに対する批評的眼と手を持つことが必然であった。
「私性」に対するアレルギーあるいは偏重が世代的なものなのか、あるいは時代的なものなのかはわからない。私性という言葉が適切なのかどうかもわからないが、それは民俗学あるいは都市の史学が持ち得ているような、名も無き人々、けれども確かに実在した過去の人々への眼差し、想像力に通じるのではないかの直感がある。そして飛躍するが、他者への想像力はそのまま建築その他のモノの構想力にスムースに遷移するのではないだろうか。