KOROGARO / kengo sato / 佐藤 研吾

170209 Vadodara

170209
朝、New Temple Studio for Senior Studentsの課題の相談。何人か新たに加入したので、他の学生同様まずはじめに寺院内外のSketchをするよう伝える。いかんせんあまり時間が取れないので、上級生は一つの住居の計画に集中するように指示。当然寺院との関係と、その住居内外における幾人か(公共とは言わない)の生活の有り様に焦点を当てる。公共的空間ではなく、住居空間を中心に据えるのはある特定の個人の日常生活が宗教的な場と関わり、時に同期共鳴する場面からNew Temple=宗教の場の可能性を考えてみる。そしてそうした他者の生活を構想する際に、構想者自身の私性が必要であることは間違いない。仮に単なる叙述のような客観的で時には論理的な組み立てであったとしても、その文体、筆致の如き細部をあえて表現と呼びたいのである。
続いてIn-Field StudioのVDAからの参加者の選考会。5名の学生が模型を作っている。どの模型も短期間ながらそれなりに作り込んでいる。校長が一つ一つを見て、参加の優先的順序を決めた。選考の最中に「農家の家」の非計画性、空間の多様な機能、そして周辺環境と風土に即した合理性について断片的な話があった。本当に難しい設計課題だと思う。自分が一体どこに軸足を置けば良いのかがわからない。今読んでいるイヴァン・イリイチの本に「民衆の平和」に関する論があったが、近代以後の、あるいはむしろルネサンス以後の戦争と開発がもたらした人々の生活の一元的な評価軸(後進性と先進性、あるいは田舎と都市といった区別)の成り立ちに建築の設計というものが大きく加担してきたことは間違いない。つまり農家をいうものを後進的な出遅れたものとして考えてしまう世界、経済圏に生きる人間が、いかにしてその自らの既存の評価軸を解体していくか。一生をかけても考えきれないほどに大きな課題である。

上級生が去年作った各地の伝統的住居の精巧な模型を校内に展示してくれた。特に一年生とシャンティニケタンへ行く二年生にとってはとても参考になるものである。
一頻り用件を済ませてすぐさま空港へ向かう。学生の一人にバイクで途中まで送ってもらう。そこからリキシャで空港へ。シャンティニケタンへの旅路。
途中、デリーを経由する。デリーの空港はものすごい都会に思えた。なんだか人が皆整頓されている。

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