KOROGARO / kengo sato / 佐藤 研吾

170404-07 Tokyo-Otama

170404
In-Field Studioのホームページなどを更新。プレスリリースも送付。だんだんと情報を発信する。東京に戻ってきて数日が経ってしまったが、写真をパラパラと見返してみるだけでも涙が出そうなくらい、その時の興奮が今もワッと巻き戻ってくる。7日間はとても短い時間であったが、ケラダンガ村の人々をはじめとして様々な人と作り上げた一つの場があった。
デザインのレベルはまだ未熟で、議論の時間、制作の期間も足りなかったとしか言いようがない。改善すべきところは山ほどある。
けれども、我々は何か欠片を掴かみ得たのではないだろうか。今回は、自信を持ってそう言える。その何かが、一体何であるのかは分からない。
また次に、探し込むつもりである。

170405
北烏山の保育園の相談で石山さんに会う。石山さんはいくつかの仕事を着実に進めているし、膨大な日記を記している。もはやほぼ毎日の日記が何某かの論になっているし、毎日文明文化の思想にまでたどり着く筆の動きに驚く。先月のIn-Field Studioの報告。インドの西と東、短い期間ではあるがそれぞれの自分の経験と活動の関係について説明を試みる。もっとも緊張する時間であったはずだが、どうやら日本を離れて外からぼんやりと自分の漂流さを眺めることができていたからか的を絞った話に収斂していった。

170406
夜、VadodaraとMumbaiで活動されているKatsushi Gotoさんに会う。テキスタイルと建築という異種の仕事を、日本とインドを往復しながら続けられているそう。異種の仕事というよりは、異種のマテリアル探求を同時に進めているようでとても興味深かった。自分の歓藍社の活動、あるいはIn-Field Studioと他の建築の仕事との間の接点を見つけるための一つの先例を提示していただいている。自分は、そこに制作の場、現場というものを介在させより両者を強固に結びつかせるべきなのだなということも改めて思いつく。

170407
新宿に行く途中の電車の中で、大玉村の小屋プロジェクトの姿を思いつく。水車小屋と一人とその家族のための観測小屋。話を聞いた時に当然ながら真っ先にルドゥーの水道管理人の家を思い浮かべたが、より小さな、周りを森の木々に囲まれた建築となるのだろう。敷地は見ていないが、インドのあの農村のじーっとした風景が頭にあるのは確かだ。慌ててそのスケッチを大玉村へ送信する。
夜、スカイプで北千住のスペースの打ち合わせ。細かな仕様を確認する。予算が厳しい分だけ素人工夫が増えて、そしてその分だけ既存の野暮で巨大な空間に符合するのだろうなと話し合いをしながら先を思い浮かべた。

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