KOROGARO / kengo sato / 佐藤 研吾

170222-25 Vadodara

170222
朝、ホテルで昨日のMaki Textile Dedign新工房のパーティに出席した何人かの日本人の方と朝食をとる。コンフォルトの取材メンバーと布や素材の買い付けの人々。その中の一人の方はデリーを拠点として各地の手織りの布や染織を日本他に紹介する仕事をやっているそう。実際、未だインドの農村部には手仕事の各種が残っており、大きな可能性を持っているのは間違いない。可能性とは商業的な契機というよりは新たなモノづくりの方向性である。3月のシャンティニケタンのStudioの後、参加者の何人かでJaipurのBagru Village等を訪問してブロックプリントを見学しようと思っている。インドでのプリミニティブな製法には学ぶ点が多いはずである。
ホテルを一人で出てタクシーでRishikesh市街へ。ガンジス川に面する寺院や橋、ガートなど様々なランドスケープを見たかったが時間はあまりなくほぼ往復するだけになる。途中の路上でVDAの一年生のクラスへのお土産として2つのLaughing Buddhaを買う。
デリーを経由してバローダに戻る。夜教室に戻ると2人のチリからやってきた若者がいた。VDAの取り組みの一つであるCHAATの情報をインターネットで見て訪問してきたらしい。グジャラート語を話せない者同士でなにやら話がすすむ。

170223
New Templeの上級生向けのスタジオについて。いかんせん彼らの授業は4月まで続くが、自分は3月初旬に帰らなきゃいけないので、その後のやりとりはインターネットとメールでのやりとりになりそう。公開の価値が出て来ればぜひそのやりとりは公開してみたい。そのほうが学生にとって、学校にとっても良いことである。
その後夕方、シャンティニケタンに行く学生たちとその準備について相談。持って行くべき「農家の家」の模型が十分でない。彼らは3月4日から14日までRSP(Related Study Program)でAMRITSARとCHANFIGARHに実測調査旅行に出かける。その後そのままSANTINIKETANのIN-FIELD STUDIOに参加する。なのでほとんど時間は残されていないのであるが、実際移動中の鉄道の中などで頑張ってもらうしかない。
日本から参加する人々には以下のような事前課題を設定した。

[シャンティニケタン郊外に小さな野外劇場を設計する]
・村人と、しばしば外の芸術家と舞踏家が演じるための野外劇場。
・敷地は自由。周辺環境も想像して自由に設定して良い。
・構造は自由。ただし現地で容易に調達できるものに限る。
・規模は自由。
・一つの物語を作り、その物語を演じるための劇場、というように特定のコンセプトを自由に設定しても良い。
・手書きの大きなスケッチを少なくとも一つ作成すること。可能であれば小さな模型を持ってくるのが望ましい。
・ワークショップ初日に、参加者それぞれが事前課題の成果を発表する。自己紹介を兼ねる。つまり事前課題の制作物を使って自己紹介を行うことができる。
・ただし自己紹介の際には、どんな制作物、モノを発表しても構わない。

現地インドについての体験が少ない彼らは、自分自身のこれまでの他の土地での経験を空間的アイデアとして表現することが望ましいと考えて物語という飛躍できるモチーフを布置した。バローダからの学生、そしてシャンティニケタンの学生たちそれぞれ持ち込んでくるモノの毛色は異なるが、それらをどのように編み重ねるか。スタジオ自体の課題である。

170224
シャンティニケタンの計画と、In-Field Studioの準備。シャンティニケタンの計画は幾つかの詳細図を描いたが、どうも素材感の共有が先方と出来ていないのを感じる。現場でどこまで融通がきくのか分からないが、コンストラクションの工程がはっきり次第、的確な時期に滞在する必要がある。バローダでの滞在、今後の活動についてもいささか相談をしているが、まだはっきりとはしない。自分自身の日本でのやるべきことが気がかりである。というかやるべきことをこなさないとなかなか自由に行き来はできない。

170225
夕方、チリ出身のGinaさんによるレクチャーを聞く。以前Prof.Chhayaから紹介されたValparaísoの大学の活動について、および彼女がしてきた旅についての話。詩と建築をどのようにしてつなげるか。毎年行われる長期間の旅という体験によってどうもその両者をつなぎ止めようと試みているらしい。滞在先で学生たちは共同生活を送り、あるいくつかのパビリオンを制作する。休息の時間、言葉を紡ぐ時間も含めてがトータルな建築体験だという話として聞いた。結果、卒業生たちは映画制作やデザイナーなど異業種に多く行くらしい。それを学部全体でやっているのはとても興味深いが、もっと具体的な物の制作とデザインにどのように影響を与えあっているのかを聞きたかった。ともかく他のどの国の建築学科でも試みられていない実験的な授業ではある。
レクチャーの中で、”America”という言葉を南米あるいはアメリカ大陸全体を指すものとして使われていたことが自分には興味深かった。と同時に自分自身の関心の範囲の狭さを痛感する。そしてその地は、インドに向かおうとしていたコロンブスによって”偶然”発見された。数百年が経ち、新たな国家として独立しつつも民族的にも言語的にも起源の多くをヨーロッパに持つ南米の国々のジレンマに関して語る授業風景が紹介される。
Chhaya氏からこの大学の資料を見せてもらったのは、シャンティニケタンでのIn-Field Studioについて説明をしにいったときである。In-Field Studioにおいても異分野の参加者によるインタラクションが一つの特色になり得、建築の設計製図に終始するようなことにはならない。現地農村の生活を幾つかの側面から探り、描き出すことを試みる。描き出すとは、参加者各自が一時でもその土地の感触あるいは文化構造を見出し、それを各自協同の制作において表現するということだ。文化構造とは言うが易し、であるが、各自の制作表現がその土地の読み取り作業そのものであり両者の間に飛躍があるからこそ深層を掴み出せるのではという考えがある。そしてその表現、描き出しは、参加者各自が別々の場所から集まり様々な生活背景を持ち込むという意味である種の異場所間、さらには都市と村の関係のあり方の模索作業でもある。

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