KOROGARO / kengo sato / 佐藤 研吾

170428 Lhasa

170428
明け方まだ外は真っ暗ななか目がさめる。寝台車の寝床はなかなかに具合が良ろしく、うまく眠れた。外は強風吹き荒れる雪景色のようであった。標高はいつのまにかかなり高そうだ。聞けば深夜の車内では気圧と酸素濃度を調整するために通気口から酸素が送り込まれていたらしい。車内の機密性はかなり高く、だがそれゆえに客室内の空気は少し淀んでいる。なので通路にある小机と折りたたみの椅子で『チベット旅行記』を読む。9時頃かにナクチュ(那曲)というチベット自治区内の駅に停車。標高は4513mとある。目的地の拉薩は3600m程度であるのでここらへんからだんだんと下っていくらしい。この時本の中で河口慧海がついにカイラス山峰(カン・リンポチェ)とその先のマンリーあたりにたどり着いたのでそれを引用しておく。
「これは海面を抜くこと二万五千六百尺の雪峰であって嶷然として波動状の山々の上に聳えて居る様はいかにも素晴らしい。その辺へ着きますと閃々と電光が輝き渡り迅雷轟々と耳を劈くばかり。同時につぶつぶした荒い霰が降りだして轟々たる霹靂に和し天地を震動する様は雪峰も破裂しようかという勢いであった、その凄まじい趣きの愴絶、快絶なることはほとんど言語に絶し、覚えず割れを忘れてその凄絶、快絶なる偉大の霊場に進み来ったことを多いに悦んだです。」(『チベット旅行記 上』)

12時頃、拉薩に到着。ガイドの李さんと合流し宿舎へ。北京路という拉薩市内の大通りを抜け、途中でポタラ宮を実見する。我々が通る道路はすでに近代化され車はビュンビュンと往来しているが、宮殿の正面門の周りにはマニ車を回しながら深帽子を被る数多くの巡礼者がたむろしている。宮殿正面の階段のルートを示すようにその脇の壁には小屋根が段々状に並び、巡礼者の上空までの軌跡を示している。よく見ると宮殿上部に付された木造の横長の見晴台には白と赤の布がかけられ風によってたなびいている。宮殿全体の立面はこの布のたなびきによって空と大地に呼応しながら雄大に構えているのだ。わずかながらの、しかも車越しの実見であったがとても貴重な感触を得た。拉薩の街はすっかりと我々に住みやすい観光地となっているが、それでもポタラ宮のような偉大な建築がある都市の中で数日間滞在できるのはとても嬉しい。
宿では『チベット旅行記』を引き続き読む。本の中の慧海は未だカイラーサ近辺をうろついているのに読んでいる自分はさっさと拉薩にたどりついてしまった。なのでこれは不味いとなって慧海を全速力で拉薩に向かわせる。拉薩での慧海の仕事振りと機転の効かしようは凄まじい。一気にラサ府の要位に到達する。と同時に当時の拉薩の人々の様子もヒリヒリと肌身で伝わってくる。やっぱり旅行記(巡礼記)は現地で読むものかもしれない。

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