KOROGARO / kengo sato / 佐藤 研吾

Ryoseiguyu 両性具有

by コムラマイ

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撮影: コムラマイ

什器制作

@「Sake with flower 酒と花」3rd Jun, 2017

花を生ける行為が主役で、花器があり、その花器が載る什器。建築のように内部を作るのではないですが、本尊を納める厨子があり、そのさらに外側に厨子を守る鞘堂があるという関係とやることは同じだろうと(個人的にこの構図に最近めっきりハマっている。要するに自分がデザインするのは什器自体だけではなく、本尊という秘匿で未知な対象を含むのだなと)。
さらにその什器が当日は複数台並ぶので、いやこれは必然と群造形=Collective Formにならざるを得ない。ならざるを得ない、というのはあくまでも制作側の心持ちですが、群れることがどんなに手助けとなるか。というか周囲と切り離されて単体で存在しているモノなど無いのだという当たり前の事物の連関性を造形自体が表してくれるのが心強い。
会場はいわゆる白壁ですが、それを抽象と見捨てるのではなく、壁として立っている以上、その微小に知覚できるマテリアルにある種の大地を見出してやりたいと考えまして、サバンナにせよアマゾンにせよ、あるいはヒマラヤの奥地なのか、その自然に潜む動植物のカモフラージュの作法に倣って据え置く複数の什器の姿を考えようかと。
そして、生花について自分の人生の中で全然考えたことがなかったので(岡倉天心の茶の本の一節くらい)、おそらく白洲正子だろうと思って家の本棚から『両性具有の美』を取り出して改めて読んでみたんですが、生花については直接語られてはいないけれどもこれが造形論というか創作論としてすごく面白い。この本を読んでみると「両性具有」という文字がそのまま意味するような二つを備えている(ギリシャ神話のヘルマフロディトスのような備えている感じ)というよりは、むしろ男女別離以前のある混沌、あるいは「はにわり」くらいの渾然一体・陰陽混濁の創作系が語られているのだなということが分かる。なので早速このインプットをアウトプットに変換してみようというのが今回の什器群。

こんなDIY手前の作業でやってみたいのが[角材のアニミズム]と言えるようなもので、手仕事でできるモノをウィリアムモリスのように考えるのではなく、アニマをアニメーションの語源とするような(これはパウロ・ソレリの何かの本から学んだもの)人間の想像力とモノの造形の関係のあり方を求めていきたい。

(佐藤研吾)

(制作: Kengo Sato+Kazuhiro Aoshima+Sayuri Hashimoto)

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