KOROGARO / kengo sato / 佐藤 研吾

171215 Pokhara

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対岸のニワトリ小屋

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ニワトリの親子

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飯場小屋の少年

171215 Pokhara
早朝宿を発って空港へ。ブッダ航空でポカラへと向かう。ポカラはアンナプルナ・ラウンドトリップのハブ地点とでもいうべきで、現在はリゾートのように賑わっている。市内で朝食をとり、入山ビザを取得した後、ジープでひたすら山道を行く。だんだんと道路が舗装されなくなってきて、オフロードの凸凹道を大きく揺れながら進む。
途中、道路でがけ崩れがあったらしく渋滞になる。車の外に出て待っていると、向こうの川の対岸で葬礼が執り行われているのを見かける。コの字型に薪を組んでいた。おそらくその後、そこで火葬が行われるのであろう。この川が、ガンジス川に続いている。
昼、川沿いのレストランへ。対岸のニワトリ小屋をスケッチ。車中、揺れが激しすぎてほとんど体をどこに置いて体勢をととのえるかの工夫に終始しつつ、時々考えたり、その考え事をスケッチする。
インドに持って行った赤い箱の家具のこれからの展開について。あの家具はやはりモノの移動というものがテーマとしてあり、それをどのように造形の中に入れ込むかを考えてみたものだった。運ぶための梱包と、モノをいれて”隠す”ということ、そしてその箱からモノが”はみ出す”という状態を併存してみようとした。何を入れ、また何が中からはみ出すか。それは抽象的であるが、自分自身の移動とその経験それ自体だとも考える。そこで「ヒマラヤのための箱」というものを車中考える。ここにはさらに赤瀬川源平の宇宙カンヅメの如く、ヒマラヤという巨大なモノを縮小する模型化、スケールの問題が入ってくる。
夕方、再び道路補修の仕事で道が通行止めになっている。車の行列の横にロードサイドの飯場小屋のようなキオスクがあり、皆車から降りてそこで休憩している。近くを歩いていたニワトリと一人の少年をスケッチする。
1時間ほどしてようやく道が開通する。
この地域には車道はこれしかないのだから、やはりネパールにとっては道路インフラの整備はとても緊急の課題である。またこの車道はおよそ2年半後には、北部のムスタンを超えて中国まで開通するらしい。となるとインド-ネパール-中国間の縦断ハイウェイができあがることになる。この二つの大国に挟まれたネパールがどのように国の舵を切るか、民族の問題も含めて非常に気になるところである。
夜8時ごろ、Tatopaniに到着。宿に入る。そこでアメリカ出身のダグラス・ファーさんという方に会う。彼は35年日本に住み続けており、現在このタトパニで小学校建設のプロジェクトに取り組んでいるらしい。タトパニは温泉が有名な場所でもあるが、今は工事中で入れないらしい。

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