140526 Pinoleville Pomo Nation Living Culture Center計画案とその周辺について(Xゼミ・作家作品批評 06)

 

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計画概要(※)
計 画 地 アメリカ合衆国カリフォルニア州ユカイヤ
主要用途 地域文化複合施設
構  造 鉄筋コンクリート造、一部木造
階  数 地上1階、一部2階
敷地面積 25723.15㎡
建築面積 1829.39㎡
延床面積 2013.76㎡

(※デザイン・コンペティション「ParticiPlace 2012 」にて入賞、及びSustainable Engineering Innovation賞を受賞した計画案)


最近、毎日の通り道である新宿駅で募金の呼びかけを根気良く続けている団体に出会う。彼らは東日本大震災の被災地で人間と同様に被害を受け行き場を失った犬や猫たちの避難所開設・維持のために募金活動を行なっている。2011年3月のあの日からすでに3年が経ち、TVや他メディアでは震災(原発)の風評の露出と隠蔽工作のやり合いが交錯するような中で、私は彼らの生身の活動にむしろ信頼を置く。もちろん彼らの内実を知り抜いてはいないが、自分自身だけでは気づくことも困難であった世界への視線を与えられたという実感をもっていくらかの協力をさせてもらってもいる。 彼らの活動が偽りの無いものだとすれば、彼らは何らかの大きな使命感を各々が持って行動しているのだろうとも思える。動物も人間も、分け隔てなく1つの総合の世界を見つめ続ける視線と希望が彼らにはある。異なる世界、異なる場所までを眺め渡す鋭い眼差しとその感性を彼らの奥深い部分に感じているのである。学ぶべきことは多い。

 

日本の震災から約1年が経った2012年、私はアメリカの西海岸カルフォルニア州ユカイヤで行なわれたあるコンペティションに参加する機会を得た。そのコンペはアメリカ先住民、ネイティブ・アメリカンの一部族の集落内に彼らのための地域拠点となる文化センター(Pinoleville Pomo Nation Living Culture Center)を設計せよというものであった。コンペはピノールビル・ポモ族(Pinoleville Pomo Nation)という部族と、同州の大学UCバークレー校の共同主催であった。

計画敷地は彼らが今現在買い戻そうとしている、かつては部族の先祖が住み暮らしていた土地である。彼らは1960年代にアメリカ中央政府よりネイティブ・アメリカンの部族認定を剥奪された。そしてアメリカ合衆国成立のはるか前より守り続けてきていた先祖の土地を失ったのであった。しかし、彼らは部族認定を剥奪された後も共同して活動をすすめ、80年代にようやく認定を取り戻し、本来の土地を共同出資によって買い戻してきた。その土地の一部に計画されるのが今回の地域センターであった。

部族の運営および生活の双方の拠点となるこのセンターは、彼らの固有の文化を保存・実践し、伝統を今の彼ら特に彼らの子どもたちの生活において継続的に発展させようとするための教育施設となることが想定されている。部族の将来を考えるための実践的な現場である。

そして、このコンペティションではもう一つの大きな主題が込められていた。それは周囲の自然環境に配慮した、敷地内で完結するゼロ・エネルギー・システムの提案要求である。環境問題、エネルギーに関する課題を掲げるコンペティションが、ネイティブ・アメリカンの一部族によって開催されたのは非常に意義深いことだと思われる。

図ではアメリカ合衆国におけるネイティブ・アメリカンの各部族の地域分布と、原子力発電所や核廃棄物処理場をはじめとする環境汚染施設の立地を示している。これを見ると、もちろん部族の地域規模はさまざまではあるが全体的に国土の西側に集まっており、環境汚染施設の多くもまた西部・中西部に集中しているのが分かる。これは決して偶然なものではなく、合衆国内における先住民への根深い人種的問題と、中央政府のエネルギー関連施設群の配布計画が複雑に絡み合っている状況を示している。先住民の部族の中には環境汚染の迷惑施設を誘致するのと引き替えに、巨額の補助金を獲得し、また中央政府への発言権を大きくして地域内にカジノ開設の権利も得るなどで部族経営を成り立たせようとする部族も少なくない。一方で、そのような部族内でも下層にいる人びとは汚染施設の近隣に居住を余儀なくされ劣悪な環境下での生活を強いられているともいう。この問題は、アメリカ合衆国成立以来続く深過ぎる程の問題であり、さらにはアメリカに限らない世界中の文明社会が孕む根底的な課題であるとも思われる。

ピノールビル・ポモ族はそうした状況下で、環境汚染施設の共有地内建設を頑なに拒み続ける数少ない部族である。彼らにとって周辺の環境と土地を守ることは自分たちの固有の文化及びそれを築き上げてきた祖先由来の伝統を保守することに直結する。環境問題に対する先進的な提起を行なうことは、彼らにとってはまず自分たちの身を守るためのものであり、さらには自らのアイデンティティに関わる内発的な問題としてある。今回のコンペティションにはそうしたアメリカ社会を背後にもった、彼ら部族の自立・独立への確たる意志が中心に据えられていた。

彼らの取り組みに対して、遠く離れた日本に住む自分に何ができるのか、いかなるものを作り出せるのか、それが私自身の最たる命題であった。私もまた、日本の大半の人びと同様に2011年の福島原発事故の後にようやく自国のエネルギー政策の有様の一端を意識できるようになった人間であるが、このコンペティションへの日本からの参加は、単なる企画の国際性を越えて、アメリカ社会の写しでもある戦後日本の社会システムの綻びを経験した一人の人間の参加、という構造的意義があった。コンペの規模に関わらず、私自身の個人的な意欲や心境の問題ばかりに収まりきらない、異なる世界を越境し得るある社会的枠組が強く浮かび上がっていた。

 

提出した計画案では、1つの確たる求心性と形態の離散的な構成を併存させることを試みている。当然、その形態と造形の多くが、彼ら部族が保持を願う伝統文化の内から学び取ったものである。遠くの彼らの文化を学び、その成果をそのままに贈り返したの実感もある。各施設機能を敷地内に分散して配置し、中央に舞踏・演劇スペースを、北部に料理や工芸活動のためのスペースと子どものためのプレイグラウンドを螺旋の形状によって配置し、南側には収蔵庫と部族の諸情報を発信・保存するデジタル・アーカイブ施設を配置している。

それぞれの施設が周囲の植物の配布と1.2m程度の小径によって繋がり、どの建築も北東(東)の方向に正面を構えている。それは、北東から南西方向に緩やかに上がる既存の周辺地形に沿って吹き上がる風を建築内部に大きく採り込むためである。また同時に、東側に小川が流れ、彼らの先祖の墓があり、西側には太平洋まで広大に続くレッドウッドの深い森が位置しているという、彼らの重要とする大地への初原的感覚を写し出す意図があった。建築構造はアースキャストによるRC造のシェルを主たるものとし、建築の大部分を土で覆うことで断熱性能を担保しながら、自然風景との共生と彼らの大地への拘りから導かれる特に子どもたちの身体的活動の誘発と調和を試みている。

大地のランドスケープとともに建築が群体としてつくり出す微細にうごめく環境風景は、それ自体が部族自体の全的な価値の形象としてあり、また対外的、及び対内的にも強いコミュニケーションの要素としての意味を持つはずである。計画を提案した私自身も含めて、彼らとの間には避け難い境遇なるものに対して、責務とも言える果たすべき役割とその表現が必要であった。

 

確たる責任感とその継続の意志を持ち得た個人、共同体は魅力的である。その多くが生命単体の小歴史を含めた、ある歴史感覚を共有する一方で、外部との溶解し難い壁をも同時に抱え込んでしまってもいるように感じている。けれども、果たしてそれが必然の帰結なのかは分からない。そうではないとも思う。

最後に、最近巡り遭った、創作を続けるある共同体を紹介させていただきたい。今年の2014年2月に、インドのグジャラート州のアーメダバードとバローダの2都市にいくつかの講演他補助の仕事で行った際、空いた日程を使ってタクシーで半日かけてラトワ族なるインド原住民の1つとされる村を訪れた。彼らの村には電気こそ通ってはいたが、燃料はガスではなく牛のフンを使い、家畜を飼って畑を耕しての自給生活を営んでいた。村にゴミは一切無く驚く程に空気も澄んでいた。そんな彼らの家々の内部には、数多くの動物と人間と、そして神々の姿が一面に描かれた壁がある。ピトラ画と呼ばれるその壁画は、年に数回行われる村の豊穣儀礼として描かれ、時代とともに描かれる対象を若干に変えながら現在も続けられているという。

彼らはもちろん、その壁の前で、飯を食い、寝て、生活をしている。壁画は二次元的表現ではあるが、その多彩な色と群像が横溢する画面は明らかに彼らの何気ない生活を包み込んでいた。

創作表現と、過去から続く神話的風景を基底に持った共同体の形象化の作業は、彼ら自身の尊厳に無意識に関わっているものだろうか、ともそれを見たとき感じたのである。

空間表現、創作表現について、確かな根拠らしきものを見つけることができた体験であった。

2014年5月26日

佐藤研吾

http://setagaya-mura.net/ishiyama.arch.waseda/jp/xseminar.html