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亞青寺について

我々が亞青寺に到着したのは夕暮れの頃であった。時刻は午後7時くらいであったろうと思われる。四川省のこの辺りは中国の中でもかなり西部に位置しているので、東側の首都圏に対して昼と夜の時間帯が少しばかりズレている。日本にほど近い上海北京などの都市がもうすでにトップリと夜が更けても、この場所はまだ日が明るいのである。

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亞青寺について

我々が亞青寺に到着したのは夕暮れの頃であった。時刻は午後7時くらいであったろうと思われる。四川省のこの辺りは中国の中でもかなり西部に位置しているので、東側の首都圏に対して昼と夜の時間帯が少しばかりズレている。日本にほど近い上海北京などの都市がもうすでにトップリと夜が更けても、この場所はまだ日が明るいのである。

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161029

普段から、いささかの時間を江戸東京の都市史の研究にかけるのを日常としているためか、うつつを抜かすように現代の都市生活を眺めてしまうことがある。生活、と一言でいえども、なかなか今の我々の多様極まるその全容をつかみ取ることは簡単ではない。

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161029

普段から、いささかの時間を江戸東京の都市史の研究にかけるのを日常としているためか、うつつを抜かすように現代の都市生活を眺めてしまうことがある。生活、と一言でいえども、なかなか今の我々の多様極まるその全容をつかみ取ることは簡単ではない。

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滑稽な巨人について

津野海太郎の坪内逍遙論『滑稽な巨人』を読んだ。何故今?とかは関係なく読んだ。 逍遙は当時においてすでに文化の多元性を認め複合させた形ことがあるべき文化(「新文明」)と考え、生涯一貫してその実践に取り組んだという。 西洋を

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滑稽な巨人について

津野海太郎の坪内逍遙論『滑稽な巨人』を読んだ。何故今?とかは関係なく読んだ。 逍遙は当時においてすでに文化の多元性を認め複合させた形ことがあるべき文化(「新文明」)と考え、生涯一貫してその実践に取り組んだという。 西洋を

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160705吉田寮の空気

吉田寮の空気 京都大学の吉田寮を訪れたのはたしか6年か7年くらい前のことである。高山建築学校に初めて参加した年の春だったと思う。自律とはなにか、特に自律の建築創作とはなにか。吉田寮を訪れた時には現地の空気感も相まってそん

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160705吉田寮の空気

吉田寮の空気 京都大学の吉田寮を訪れたのはたしか6年か7年くらい前のことである。高山建築学校に初めて参加した年の春だったと思う。自律とはなにか、特に自律の建築創作とはなにか。吉田寮を訪れた時には現地の空気感も相まってそん

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160221大玉村発表記録

佐藤 発表記録  (2016 年 2 月 21 日 @ 大玉村 ) 佐藤研吾です。東京大学の博士課程に在籍しており、江戸・東京の都市についての研究を始めています。また日頃は東京で設計事務所で仕事をしており、特に子供の保育

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160221大玉村発表記録

佐藤 発表記録  (2016 年 2 月 21 日 @ 大玉村 ) 佐藤研吾です。東京大学の博士課程に在籍しており、江戸・東京の都市についての研究を始めています。また日頃は東京で設計事務所で仕事をしており、特に子供の保育

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160504大玉村手記

5月1日0:00 浅草ハウスへ向けて自転車を走らせる。上野をぬけて浅草までの道のりは極めて平坦な道のり。けれども墨田川流域に近づくと恐らくは暗渠なのだろうという小径があったり、そこはガクンと道が落ち込んでいたりの微細な地

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160504大玉村手記

5月1日0:00 浅草ハウスへ向けて自転車を走らせる。上野をぬけて浅草までの道のりは極めて平坦な道のり。けれども墨田川流域に近づくと恐らくは暗渠なのだろうという小径があったり、そこはガクンと道が落ち込んでいたりの微細な地

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160501大玉村発表資料

“SATOYAMA学校”の開校にむけて 藍の種まきから改めて始まろうとしている福島県大玉村での活動は、私たち(私)にとっては東京と大玉村の間を何度も行き来する長い旅のようなものになるのなのだろうかと考えている。毎回とても

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160501大玉村発表資料

“SATOYAMA学校”の開校にむけて 藍の種まきから改めて始まろうとしている福島県大玉村での活動は、私たち(私)にとっては東京と大玉村の間を何度も行き来する長い旅のようなものになるのなのだろうかと考えている。毎回とても

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印度建築SCHOOLで目指すこと

インド西部の都市バローダVadodara郊外を拠点に、アジア建築SCHOOLの設立と、継続的な展開を試みている。  このアジア建築SCHOOLは毎春の一時期にインド国内外の学生(30名程度)を集めてのワークショップを企画

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印度建築SCHOOLで目指すこと

インド西部の都市バローダVadodara郊外を拠点に、アジア建築SCHOOLの設立と、継続的な展開を試みている。  このアジア建築SCHOOLは毎春の一時期にインド国内外の学生(30名程度)を集めてのワークショップを企画

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160220

磯崎新「偶有性操縦法」(『現代思想』各号)を続けて読んで、当然自分の皇居前広場のフィクション=計画を思い出した。 http://www.jia-kanto.org/shushiten/2013/date/32/index

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160220

磯崎新「偶有性操縦法」(『現代思想』各号)を続けて読んで、当然自分の皇居前広場のフィクション=計画を思い出した。 http://www.jia-kanto.org/shushiten/2013/date/32/index

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第二回 インド-アジア建築学校研究会

20th/Feb/2016 [India-Asia Architecture School] 第二回 インド-アジア建築学校研究会・事前説明会開催! http://setagaya-mura.net/jp/india

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第二回 インド-アジア建築学校研究会

20th/Feb/2016 [India-Asia Architecture School] 第二回 インド-アジア建築学校研究会・事前説明会開催! http://setagaya-mura.net/jp/india

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160110「第一回 日本-インド-アジアをめぐる学校設立研究会」講義録

2015年12月26日の「第一回 日本-インド-アジアをめぐる学校設立研究会」での発表記録。 [1]はじめに インド・バローダで行う3月のデザイン・ワークショップ・学校の概要案内と、なぜこのような学校をやるのか、始めるの

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160110「第一回 日本-インド-アジアをめぐる学校設立研究会」講義録

2015年12月26日の「第一回 日本-インド-アジアをめぐる学校設立研究会」での発表記録。 [1]はじめに インド・バローダで行う3月のデザイン・ワークショップ・学校の概要案内と、なぜこのような学校をやるのか、始めるの

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151220-1

高山建築学校について すでに数ヶ月前となってしまったが、今年の高山建築学校に参加したのは、「高山建築学校に今後関わり続けていきたい」の自分の意思を伝えに行きたかったからであった。高山建築学校がこれからどうなるのかは自分に

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高山建築学校について すでに数ヶ月前となってしまったが、今年の高山建築学校に参加したのは、「高山建築学校に今後関わり続けていきたい」の自分の意思を伝えに行きたかったからであった。高山建築学校がこれからどうなるのかは自分に

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151222-1

高山建築学校のみなさま 連投となってしまい大変失礼いたします。 恐縮ですが、ぜひお知らせしたいと思いまして、私が今取り組んでいます活動のご案内をしたいと思いまして投稿いたします。 今週の土曜日、12月26日夜18:00よ

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高山建築学校のみなさま 連投となってしまい大変失礼いたします。 恐縮ですが、ぜひお知らせしたいと思いまして、私が今取り組んでいます活動のご案内をしたいと思いまして投稿いたします。 今週の土曜日、12月26日夜18:00よ

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音1

私個人としてもこのレビューの場をお借りして、建築と音、空間・場所と音楽の関わり、つまりはイワユル環境、もしくは「雰囲気」について考えをめぐらせてみたいと思う。 話は日本でのことだが、先日の秋頃、茨城は五浦海岸の、日本の美

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音1

私個人としてもこのレビューの場をお借りして、建築と音、空間・場所と音楽の関わり、つまりはイワユル環境、もしくは「雰囲気」について考えをめぐらせてみたいと思う。 話は日本でのことだが、先日の秋頃、茨城は五浦海岸の、日本の美

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2015年11月20日、

2015年11月20日、演劇集団アクト青山による「シッカロール」の上演を観た。場所は東京・烏山の住宅地の中にある真っ黒な家の中である。黒い塀に囲まれ、周囲に松が生い茂るその黒家は外観は武家屋敷のようでもあり、室内は軽井沢

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2015年11月20日、

2015年11月20日、演劇集団アクト青山による「シッカロール」の上演を観た。場所は東京・烏山の住宅地の中にある真っ黒な家の中である。黒い塀に囲まれ、周囲に松が生い茂るその黒家は外観は武家屋敷のようでもあり、室内は軽井沢

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151023 “0-ZERO- MEETING”2

岡倉天心の試み、つまり西洋から東洋への一方向的な影響関係が、そのままの図式で芸術および文化の伝播過程においても当てはまるという当時の一般の認識に対して異を強く唱えること、そしてアジアにおける諸文化の固有性を認めた上でそれ

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151023 “0-ZERO- MEETING”2

岡倉天心の試み、つまり西洋から東洋への一方向的な影響関係が、そのままの図式で芸術および文化の伝播過程においても当てはまるという当時の一般の認識に対して異を強く唱えること、そしてアジアにおける諸文化の固有性を認めた上でそれ

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“0-ZERO- MEETING” IN INDIA

“0-ZERO- MEETING” IN INDIA On October 20, 2015, I visited six-sided arbor,”Kanran-tei”

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“0-ZERO- MEETING” IN INDIA

“0-ZERO- MEETING” IN INDIA On October 20, 2015, I visited six-sided arbor,”Kanran-tei”

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これからの話1

わたしたちの根はどこにあるのか。わたしたちが持つ「物語」は何によって生まれ、わたしたちの「現在」は何の上に存在するのか。こんな途方もない問いかけに徹底的に向かうことが私にとっては重要なことである。 80・90年代の言論の

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これからの話1

わたしたちの根はどこにあるのか。わたしたちが持つ「物語」は何によって生まれ、わたしたちの「現在」は何の上に存在するのか。こんな途方もない問いかけに徹底的に向かうことが私にとっては重要なことである。 80・90年代の言論の

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建築の話4

「神話や儀礼は、しばしば主張されたように、現実に背を向けた「架構機能」の作り出したものではなくて、それらの主要な価値は、かつてある種のタイプの発見にぴったり適合していた(そしておそらく現在もなお適合している)観察と思索の

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建築の話4

「神話や儀礼は、しばしば主張されたように、現実に背を向けた「架構機能」の作り出したものではなくて、それらの主要な価値は、かつてある種のタイプの発見にぴったり適合していた(そしておそらく現在もなお適合している)観察と思索の

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建築の話3

「私たちが日常生活の諸事にかまけている間は、その目覚めている記憶の視界は狭いものである。昨日や先月あるいは去年起きた出来事はこまごまと想起されようが、わたしたちの生涯のなかでははるか遠い出来事となると、もはや殆どわたした

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建築の話3

「私たちが日常生活の諸事にかまけている間は、その目覚めている記憶の視界は狭いものである。昨日や先月あるいは去年起きた出来事はこまごまと想起されようが、わたしたちの生涯のなかでははるか遠い出来事となると、もはや殆どわたした

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