170115Amand-Vadodara

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朝、校長の自宅にある座机を一つスケッチ。1枚のパーティクルボードから三角形の脚と天板を切り出して作るシンプルながら不定形な形状を持った優れたデザインだった。日本で作ってみますと申し出て採寸をした。その後シャンティニケタンでのスタジオと明日から始まるVDAのスタジオのスケジュールについて相談。シャンティニケタンとリシケシュに2月中に行きたいと思っているが、なんとかスケジュールを調整できそう。(考えてみればどちらも偶然ながらなにやら神秘的な場所である。)
夕方から車でバローダに戻る。市街のSociatyエリアの学生の家の屋上へ。昨日に引き続き凧揚げ大会が繰り広げられている。夜暗くなるとあちこちで小気球が飛び上がり出した。夜空におびただしい数の小気球(提灯みたいなもの)が風に乗って飛んでいく。中には飛行に失敗して降下していき他所の民家に入っていったものもあった。この小気球はこのようにいくらか危ないので最近は禁止されているのだというが、どの家も皆構わず飛ばしまくっていた。

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授業初日。授業は朝9時から夕方4時頃までらしいが、自分は学校の間近に滞在しているので学生同様に時間にとくに制限はない。
一年生のクラスへ行く。この学校はクラス毎に分棟になっていていわゆる廊下がないのが良いところである。皆木陰の道を行き交っている。犬も。クラスにはすでに何人か集まっている。まず課題の説明。New Templeとは何を意図するのか、というよりも先ずは寺とはどのような場所なのか、どのような人々が内外に集まり、そして如何なる可能性があるのかという問題提起。明らかにこちらの英語のぎこちなさを訝しんでいる。がそれは毎年のことなので特に気にしない。この滞在中にいくらか両者とも慣れるだろうと気楽に考えている。対象の寺院としてVithhal MandirとNarsinghji Mandirを選び、学生たちを2グループに分ける。まずはともかく現地へ行って人々の活動をスケッチすることを提案。バイクで現地に向かう。
旧市街の中心にて再会し、皆で寺院に入る。昼は寺は休みであるが門は開いているので中に入れてもらい、寺を管理する人々(しばしばPriest)と片言英語でやりとり。しばしばインドでは私は手を真ん中で合わせて挨拶をする(中国行ったときに現地の人たちがそのように挨拶していたので自分も真似てみている)。すると相手も同じような仕草で挨拶し返してくれるのでどうやらインドでもこの作法は通用するらしい。各々スケッチを始めるがVDAの学生達はしばしば古建築の実測調査などをしているので彼らのスケッチはしばしば建築物を中心とした丹精な写生となってしまう。そうではなく先ずは目の前にいる人々や動物の姿形を描き、それから彼らが持っている道具や座っている家具、そして周囲の空間を描き出すことを指示する。人間(そして生き物も含む)のための建築を考えて作図をするのに、そもそも人間の姿形やそのスケール(身体感覚)を的確に図化できなければそれは本末転倒だろうとも考えて。なのでまずは自分が先にスケッチをして、その一例を皆に示す。偉そうな事は決して言わないが、しばしばやはり自分が前に立たなければ学生たちは動きようが無いのも知る。夕方5時頃当たりが暗くなってくると共に人々が集まりだす。Vithhal Mandirでは列柱が立ち並ぶ礼拝所の中央に座机が並べられ、10人程の老女たちが座り込んで花を持ち寄って何かを作り始めた。みなペチャクチャおしゃべりしながら、そしてしばしば持ち寄ったお菓子を食べながら作業をしている。老女の一人に聞くとそれは寺の本尊の首にかけるための首飾りらしい。男たちは礼拝所の外のベンチに横並びに座ってこちらもみんなペチャクチャ世間話をしている。これも寺という場所の一つの機能、役割である。皆参拝をしに来ているんだろうが、同時に彼らはおしゃべりをしにきてもいるのだ。昼間は閉じられ都市の空白となっている寺院は夜になると明らかに様相を変え、人々(特に老人たち)が集会する。朝昼夜で様々に人々の活動が変化するのは当然であるが、特に夜になるとインドの寺院はこんなにも賑わうのかと驚いた。
夜7時半、寺院が閉まったので皆でVDAに帰還する。その後今日のスケッチをそれぞれの机の前のボードに貼り付ける。一人一人のスケッチについてコメントと、明日何をより注目するのが良いかを提案する。当然であるがそれぞれスケッチの技量が異なるし、描いた対象も様々である。1日ぶっ続けでスケッチをして何枚かのスケッチを並べてみると学生それぞれの個性が嫌が応にも浮かび上がってくる。その灰汁のような上澄みをすくい取って、各自の思考と作業を展開させていきたい。それは個性という言葉ほど立派なものではなく「好み」というくらいものかもしれない。けれども、そうした興味の偏重を、日本の茶室・作庭で言われる「-好み」という様式以前の各自の定式的な得意として展開できるだろう、と思っている。