170119 Vadodara

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午前。木曜日のVDAは通常の授業はない。代わりに選択制の課外授業が設定されているらしい。Photogragh/Documentation Studio, Contemporary Archi-Research Studio, Construction Studio, And New Temple Sutudio, Santiniketan Studioの各講座が設けられている。コンストラクション・スタジオは校長が担当する人気のスタジオのようだ。かなりの学生が登録している。一方で3月に開催するシャンティニケタン・スタジオへの参加希望者として25人が集まっていた。しかし3月のワークショップにはVDAからは10名のみの参加としているのでセレクションが必要となった。
昼過ぎ、中庭でSantiniketan StudioとNew Temple Studio両方に関する自分の考えを学生たちに話す。自分の英語が乏しいので、散発的な短文を重ね合わせたような形になる。そして何回か同じ単語を使ってしばしば同じことを言い続ける。どのような幻影が彼らの頭で描かれたのかわからないが、30分くらいかけてとりあえず思いつくことは伝えた。

その後、校長と相談し、シャンティニケタンの選抜のために即日課題を出題することとなる。午後、校長より課題が出される。「Farmer’s House」。村から1km離れた場所に、広い畑と牛、ヤギ、オックス、そして犬を飼い、1組の夫婦と二人の息子と一人の娘が住む家。周辺の農村を眺めるにインドの農業は今過渡期である。というより農業というものが自然と文明の中間に位置する仕事であろうから本質的に永遠に過渡期なのかもしれない。その状況を崩壊過程と捉えるか、それとも進歩の途中と捉えるか。どちらに軸足を置くかでデザインは変わってくると思う。

その後、New Temple課題を上級生向けに説明した上で、まずは現地にてスケッチ作業を始める。一緒に寺院に行って彼らとともに自分もスケッチをする。寺院の向かいの空き地の片隅にひっそりと住む一人の老人をスケッチした。あくまでも私見にすぎないが、寺の都市的な機能とは、礼拝やそれに付随する装飾品の売買に限らない。寺の静けさや、毎朝夕欠かさずに鳴り響く礼拝の音色は周囲の人々の生活にまさに通奏低音のように深層で関わっているのではないかと思うのだ。その端緒を一老人の表情と彼の生活の質感から見つけてみたいと思った。


夕方、即日課題の制作物を壁にピンナップし、プレゼン開始。しかしどの学生の成果もあまり芳しくない。校長から方位や風、太陽の動き、季節、そして動物と植物との関係についてなど、より基礎的な要件についての考慮が足りないという指摘。そして何よりも彼ら自身のTalentをドローイングの中に入れ込むべきであるのに、どの制作物も計画学的要件のアレンジメントに納まってしまっている。選抜は保留となった。

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(描いている最中、上からハトのフンが降ってきたので被害を受けた部分は破り捨てた)