170213-15 Vadodara

170213
朝、デリーを経由してバローダ、VDAへ戻る。そのまま朝の授業へ。15日のMid-Semester Juryに向けて各自の作業の進捗を確認する。作業は明らかに遅れているので、自分も夜中まで残って注意を続ける。基本的に学生たちは時間にルーズであるのでできる限り正す。そもそもの気質かもしれないが、ともあれ当然ながら異郷でのこうしたやり取りの大変さを痛感する。けれども決して変な勝手な偏見を持つべきではない。しばしばインドに長く滞在する日本人らはインドについて知った風を装って自分のステレオタイプにはめ込んでしまう。そのことで自分の想像力を縛ってしまうことがとても恐ろしいのである。自分はどうも些細なことを重苦しく考えてしまいがちだが、なんにせよ気をつけたい。

170214
こまめに課題の提出物のDead-Lineを設定して、全体の士気を上げていく。この大学は一学年30人程度のとても小さな学校である。とうぜん一般的なカリキュラムやシステムがあり、皆学士の資格を卒業時得ることができるが、この学校が持つより重要な点は少人数で課題に取り組むことができるその環境である。日本でいう寺子屋や私塾のような形式に近い。だからこそ学校のカラーは色濃く、学生たちの自治によって彼ら自身の学校生活が成り立ってもいる。かつての高山建築学校のように異種多彩な講師陣を用意することはできていないし、自分の英語力の不足もあって十分な議論を根を詰めてできてもいないが、このスタジオの規模、人数や、環境、課題の各細部には今後も継続していける可能性を感じている。

170215
中間講評会。朝7時学生の作業をみる。まだできていないがいくつかは形になっている。9時過ぎ、アーメダバードCEPTから若手建築家3名が来VDA。数日前にチェンナイだったかの都市でのコンペティションに参加し、その足でこの中間講評に参加してくれた。学生たちが順番にプレゼンテーションを始める。彼ら3人は常に学生たちのプロジェクトの論理性を問う。時には過度に論理を問う場面もあったが、少なくとも学生たちにとっては設計において考慮すべきさまざまな変数の存在に気付かされたはずである。図面の中のどんな線であったもそれが意味を持っているという当然のことを痛感すべき会であった。私は引き続きそれぞれの学生のプロセスについて指摘するとともに、計画学的な処理への隔たりと空間を構想するためのスケッチ作業の欠落について注意喚起する。